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定期講演会記録9

9回 中部地雷問題支援ネットワーク講演会
地雷関連問題から見たアフガン復興支援の現状と問題点

      ---復興の現場に臨んで見聞きし、感じたこと---

開催日時   平成14年11月24日(午後2時~4時30分
開催)
場  所   瑞穂生涯学習センター 視聴覚室

講  師   地雷廃絶日本キャンペーン 代表 北川泰弘さん
参加者    7名

 平成14年11月24日(日)PM1:30~3:30 瑞穂生涯学習センター 2階 視聴覚室(名鉄「堀田駅」東400メートル)にて、講師 北川泰弘さん(JCBL代表、JCBLとはJapan Cmapaign to Ban Landmin日本キャンペーンの略)の講演を予定通り実施しました。参加者は7名でした。アフガニスタンの現状が大変分かりやすく説明されました。また、北川代表が現地で撮影した貴重なビデオも見せていただきました。以下は講演の記録です。

 JCBLの北川でございます。また、名古屋にお招きいただきありがとうございます。お呼びいただいたおかげでもう一度私自身が勉強させていただきました。ただ、今年2月にアフガニスタンの地雷のお話をさせていただいてからまだ10ヶ月しか経っていませんので、あまり変わった事はありません。白井さんが記録に取っていただいた私の2月の講演を見ますと、お話すべき点は大体触れておりますが、本日の参加者で2月の講演をお聞きになっていらっしゃらない方もおいでだと思いますので、始めの15分位を2月の講演の復習という事にさせていただきます。その後でアフガンの現状をお話しして、次に7月にアフガンで地雷会議が開催されましたのでその内容をお手元のプリントを参照しながら説明いたします。また、地雷会議に集まった多くの団体が実施した催し物をビデオに撮ってきましたので、少し長いですが約45分間お見せしたいと思います。そして、最後に15分くらい質疑応答に当てたいと思います。


 まず、2月の復習です。アフガニスタンがどこにあるか皆さんご承知かと思いますが、昨年9月の同時多発テロが起きるまで私たち日本人の心からは遠い国でした。ですが、歴史的に見ますと私たちに親しみのあるシルクロードの要衝でして、タリバンの巣窟のあったカンダハールは読み方を変えますとガンダーラとなります。ガンダーラの名前は仏教美術に関心のある方にはなじみ深いものと思います。元々仏教では仏様の姿を人間の姿に写して彫刻にするなどいう考えは無かったのですが、仏様の教えが広まっていく中でギリシャの彫刻の技術とカンダハールで出会い仏様の姿を彫刻に顕わすという事が始まったようです。そんなわけで仏教彫刻の起源と言うことでカンダハールは日本人に縁の深い場所と言う訳です。

 アフガニスタンは長く王政の国だったのですが1960年代に王様を追放して共和国になったのですが、1979年から1989年までソ連に占領されていました。アフガニスタンの人々は抵抗勢力(今の北部同盟)を作ってソ連と闘い、ついに追い出すのですが、北部同盟はアフガニスタン全体を掌握する事が出来ず、1996年から出てきたイスラム教に忠実なタリバンと言う勢力が全土を制覇しました。タリバンは非常に禁欲的な政治を敷きました。また、女性と男性の区別を厳しくして、女性は運動する必要が無いとか、働く必要が無い等とも言いまして色々問題もありました。ご承知のように昨年同時多発テロが起きまして、結局アメリカがタリバンを倒して現在の暫定的なカルザイ政権が出来ているというのが現状です。

 それでアフガニスタンには色々問題があるのですが、2002年1月にアフガニスタン復興会議が東京で開かれました。この復興閣僚会議の中で、どういう順番でアフガニスタンを復興させるべきかという事が議論されたのですが、何より大切なのは地雷を除去する事だという事になりました。そして地雷除去には長い時間がかかるので持続的な復興支援を世界各国に呼びかけました。タリバンが逃げる時、地雷除去作業に使っていたトラックや除去のための機械を盗んだり壊したりしましたので、それをとりあえず以前の状況に復して5千人の地雷除去作業員が作業を再開できるように約2千万ドル、また除去全般の作業のために約7億ドルが必要という事で各国政府がその資金を持ア的に出していただきたいという声明を1月の会議で出した訳です。
さて、ここでカンボジアとアフガニスタンの状況の違いを比較して見ますと、カンボジアには英国やオーストラリアの元軍人が大勢いて地雷除去に参加しています、つまり外国人の力に頼っている訳です。一方アフガニスタンでは自国民の地雷除去要員がほとんどです。約5千人の地雷除去要員の中で技術指導で来ている西洋人は10人にも満たない数です。全てを自分たちの力で解決しようとしている点がカンボジアと大きく違う点だと言えます。このようなお話を2月にした訳です。

 それでは2002年7月の対人地雷全面禁止会議の話に移ります。お手元にお配りした資料をご覧下さい。
(資料)
第9回 中部地雷問題支援ネットワーク定期学習会用資料
                   (JCBL会報 第23号原稿より)
 
アフガニスタン「対人地雷全面禁止会議」報告
                         
JCBL 代表 北川泰弘
1. はじめに
2002年7月27日から31日まで、アフガニスタンの首都カブールで地雷会議が開かれた。会議のテーマは「対人地雷全面禁止:アフガニスタンに平和に満ちた将来を築こう」である。主催はアフガニスタン政府で、ACBL(地雷廃絶アフガニスタン・キャンペーン)、ICBL、国連のMACA(アフガニスタン地雷対策センター)が協力した。出席はアフガニスタンからカルザイ大統領、アブドラー外務大臣ほか政府関係者、地雷対策の各機関、地雷犠牲者、海外からICBL国際大使のジョディ・ウイリアム、ICBLコーディネーターのリズ・バーンシュタイン、各国政府および国連機関、各国NGO等であった。日本からは大使館の藤井康司参事官、難民を助ける会の紺野誠二、坪内南、新村浩子の3氏、および私が出席した。カナダのリバーモア地雷大使とその配下の人たちが会議を準備し、運営を手伝っていたので、この会議はカナダ政府の隠れた援助により開催されたのではないかと推測される。
開会式で、ICBLとACBLがカルザイ大統領に対人地雷全面条約に早く参加するよう呼びかけ、大統領はそのように努力をするという意味の演説をして大きな拍手を浴びた。実際に、会議の3日目の7月30日にアブドラー外務大臣が我々の目の前で対人地雷禁止条約に署名をし、9月11日に加入文書を国連事務総長に寄託して、その約束を果たした。
 
2.アフガニスタンの地雷対策
 私が是非この会議に出席したいと思ったのは、地雷被害が世界で最も大きいこの国の地雷対策が世界で一番進んでいると聞いたからである。2000年までACBLの代表だったサイード・アカ氏は、ICBLの地雷対策作業部会の部会長としてアフガンのみならず世界の地雷対策に貢献した。現在はニューヨークの国連開発計画の地雷対策チームのチーフに就任されたばかりである。私の予想は当たって、毎日の会議開催の前か後に、周到に準備された次のデモンストレーションを見学することが出来た。
1)ATC(Afghan Technical Consultants) 地雷除去技術および除去現場の見学
2)OMAR(Organization for Mine Clearance and Afghan Rehabilitation) カブール近郊の難民受入れ 施設の地雷回避教育の教材の展示 
3)MDC(Mine Detection and Dog Centre) 地雷犬およびハンドラーの訓練施設および地雷探知の実演の見学
4)ICRC (Orthopedic Centre in Kabul)  赤十字国際委員会の義肢装具製造およびリハビリ訓練の見学
 
 アフガニスタンの地雷対策は、世界で始めての国連の地雷対策プログラムとして、1988年以来、MAPA(Mine Action Programme for Afghanistan)の計画として実施されている。MAPAはカブールにあるMACA(Mine Action Center for Afghanistan)、各地方ごとの地雷対策事業の調整、管理を行なうRMAC(Regional Mine Action Centre)、および地雷調査、金属探知、除去、回避教育を実施する15の実施機関およびNGO(ATC、OMAR、MDC、HALO Trustほか)から成っている。MAPAの総括運営はMACAのプロジェクト・マネージャーのカナダ人、ダン・ケリー氏が担当している。2002年7月現在で地雷対策活動に携わる人員数は7,000人と報告された。その中で、外国からの援助要員は10人に満たず、あとは全部アフガニスタン人である事が現地の人々の誇りとなっている。
 アフガニスタンの地雷対策で注目すべきは、1989年以来MDCを設立し、地雷探知犬を使って地雷の除去に大きな成績を挙げていることである。現在205頭を保有している。探知犬の事故件数は89年、94年に各2件、93年、96年、97年に各1件、それ以外の年はゼロで、除去要員の事故よりも少ない。
 2001年10月7日以降は米国の報復攻撃を受けたり、タリバンや北部同盟の兵士に接収されたり、自動車、探知機、除去機材等を破壊され、地雷除去機能が一時停止した。しかし、停戦と共に活動が再開されている。更に日本政府が復旧に必要な緊急支援の20億円を約束した。昨年は5,000人と言われていたのが人員が7,000人になったという報告があり、或いは既に体制が整ったのではないかと思われる。
 MAPAの2002年7月1日付けの資料によると、2001年8月1日の地雷による汚染地域の広さは以下の如くである。
地雷による汚染地域と認められた地域: a = 978 平方キロメートル
その中の優先的な除去が必要な地域:  b = 599 平方キロメートル 
現時点までに除去された面積:      c = 239 平方キロメートル
今後優先的な除去が必要な面積: d = b-c = 360 平方キロメートル
優先的でなく、除去が先送りの面積: e = a-b = 379 平方キロメートル
 
地雷会議の最終日に会議宣言文が発表され、各国が資金援助をこれまで通り続けて呉れさえすれば、国民の経済・社会活動に必要な土地360 平方キロメートルの地雷を、向う7年間で総て除去できると宣言した。この実現が期待される。
 
2. 地雷犠牲者
会議では地雷犠牲者は毎月150人から300人と報告された。ここでは カブールのICRCの地雷事故データベースの担当者から直接入手した統計データを表1、表2、表3に紹介する。通信設備のない事故発生現場の数字を推測加算すると月当たり150人から300人という数字になるのであろう。
 
表1 :エクセル・ファイルの 「アフガン地雷犠牲者統計.xls」の Sheet 1
表2 :    同上のSheet 2
表3 :    同上のSheet 3
(表1~3は省略)

 どうして地雷の会議が開催されたかと言いますと、ご承知のように地雷を禁止するための対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)という条約があります。アフガニスタンは世界の中でも非常に多くの地雷に汚染された国ですが、まだオタワ条約に加盟していませんので、ICBLとしては是非早く加盟して貰いたいと思っています。また国内の多くのNGOも同様の気持ちを持っています。それでICBLとACBL(地雷廃絶アフガニスタン・キャンペーン)が中心になって今回2002年7月21日から31日まで地雷会議を開催しまして、一刻も早く地雷禁止条約に参加して貰いたいとアフガニスタン政府に働きかけた訳です。そういう大切な会議ですので、ICBLからはノーベル賞受賞者で地雷大使のジョディー・ウイリアムズ、世話役でコーディネーターのエリザベート・バーンシュタイン、各国の代表、国連の諸機関が集まったのです。JCBLにも1月の地雷会議の時に国連側で地雷禁止のマネージャーをやっているカナダ人のダン・ケリーが声をかけてくれたので私が参加したのです。特に私が興味を持ったのは、こういう国際会議で恒例になっている開催国事情の紹介です。アフガニスタンの地雷問題は1979年にソ連がアフガニスタンを占領した時から始まり20年以上続いています。そのため地雷除去には積極的に取り組んできています。アフガニスタンは地雷除去の技術ばかりでなく、その組織、体制においても世界で最も進んでいる国だと思います。アフガニスタンの地雷除去の責任者にサイズ・アカという人がいたのですが、ICBLの地雷除去作業部会という地雷除去技術についていろいろ検討するワーキンググループの部会長をやっていました。彼は今国連の地雷対策チームのチーフになってニューヨークで働いています。そんな訳で私はアフガニスタンの地雷除去技術とその体制について見てみたいという気持ちでアフガニスタンに行って来たのです。


 これからビデオを見ていただくのですが、内容が資料の1)から4)にまとめてあります。また、組織図をここにお示ししますと、頂点に国連の地雷除去センターのようなものがあり、末端には国連、国、企業の組織があります。全部で15団体があります。この中で地雷除去の団体が9団体あります。地雷原の調査をする団体が1団体、統計を取る団体が1つあります。あとの4つは地雷回避教育とか、義足を作るのを援助する団体です。これら全ての団体を国連が中心になって統制を取って運営しているのです。先ほど見ていただいたATC、OMAR、MDCなども末端の組織の一つです。そこがアフガニスタンのすばらしいところです。カンボジアにもいろいろな地雷関連団体がありますが、これほどは組織だって活動していません。ATC、OMAR、MDCは国の機関ではなく、会社組織です。経費は国連や日本をはじめとした先進国からの援助でまかなっています。また、HALO TrustやHandicap Internationalといった外国のNGOも15団体に入っています。これらをMAPAという国連機関、MACAというアフガニスタン国内の機関、地方機関であるRMACが統制を取って地雷除去活動に当たらせています。アフガニスタンの地雷除去要員ですが、昨年の資料では5000人となっていましたが、今回現地で確認したところ7000人ということでした。2001年9月11日以降、地雷除去の仕事がストップしてしまって、地雷除去要員が仕事を失ってしまったこともありましたが今では皆戻ってきて、また壊されたり、盗まれた機材も回復して2002年3月には以前の状態に戻ったとのことでした。


 アフガニスタンの地雷対策で注目すべき点は1989年(今から23年前に)にMDC(Mine Dog Center)を作って地雷除去に地雷犬を積極的に使っていることです。もちろん地雷除去用のブルドーザーのような重機も使っていますが、重機が除去した後のチェックのためにも地雷犬を使っています。後ほどMine Dog Centerをビデオでご紹介いたします。ところで、愛犬家の方々は地雷除去に犬を使うことに反対しています。犬に危険な目に遭わせてはかわいそうだということです。ですが、意外に地雷除去作業における地雷犬の被害は少ないのです。どうして少ないかと言いますと、犬はとても臭覚が優れている上に、訓練で火薬の臭いを覚えさせて、臭いがするところでお座りをさせるようにしているからです。ここにお示しするのはMine Dog Centerから発行されている文献の一部ですが、これによりますと1989年から2001年までの地雷犬の除去作業中の事故は、死亡したものが7頭となっています。1998年までは毎年1頭ずつ死亡していましたが1999年からは地雷犬の死亡事故は起こっていません。一方地雷除去要員のけがは24人、死亡者は10人となっています。愛犬家の方々には除去に犬を使用する事をずいぶん反対されるのですが、考えるよりずっと少ない犠牲で済んでいる上に効果的に除去が行われています。


 同時多発テロが起こったのは2001年9月11日ですが、アメリカが報復攻撃を始めたのは10月7日です。それ以降アメリカの爆撃と、タリバン兵の略奪でたくさんの地雷除去の機械を壊されたり、盗まれたりしたのですが今はそれも元の状態に戻っています。先般のカブールにおける地雷会議の最終日に地雷の汚染地域と認められたのが978平方キロメートル、優先的な除去が必要な地域は599 平方キロメートルですが、現時点までに除去された面積が239 平方キロメートルなので今後優先的な除去が必要な面積は360平方キロメートルとなります。残りは先送りということです。今まで皆さんに地雷の除去には千年以上必要だと申し上げてきましたが、この1~2年でだんだん考え方が変わってきまして、地雷除去をする前にランドマイン・インパクト・サーベイということをします。これは地雷除去によって経済的、社会的にどういう効果があるかという調査を前もってやることです。ところかまわず除去するのではなくて、経済的にも社会的にも効果の大きいところだけを除去すれば、何百年もかけないでもその国の人たちが建設的に活動ができるようになるという考えです。これによるとアフガニスタンの場合にはその方法で地雷除去を進めるなら7年から10年の間に経済活動は、かつての姿に戻るだろうと予測されています。そんな訳で地雷会議の最終宣言でアフガニスタン政府は「もしも援助諸国が約束通りに、中断なしで援助してくれるなら、向こう7年間で国民が社会的、経済的に正常な活動ができるような地雷除去が達成できる。」と宣言をしました。従って援助諸国に課せられた課題として、いわゆる「援助疲れ」をしないで約束した通りの援助をする事が大切です。
地雷犠牲者の問題をお話します。ランドマイン・モニターというICBLが毎年出している本があります。それによると、アフガニスタンの地雷被害者は毎月150人から300人という事になっています。なぜ、こんないい加減な数字になっているかと申しますと、お手元の表1から表3をご参照ください。これには1998年から2001年までのいろいろなデータが載っています。表1を見ますと地雷と不発弾によって被害を受けた人数は1998年が752名、1999年が1164名、2000年が1234名、2001年が1358名、そして2002年に入ってからは6ヶ月間に662名という数字が出ています。これらの数字は国際赤十字委員会のカブール事務所がまとめたものなのですが、日本と違い電話や手紙が正常に届かない事、また地雷の被害に遭った場所が病院から遠いという事があって赤十字事務所に情報が届かない事が良くあるのです。ここにある数字は赤十字に正式に報告のあったものだけという事です。それで、報告されない被害者数を加えると150名から300名という事になる訳です。それでも最近では赤十字も末端の情報を集める機関を増やしたり、事務所がない村からも情報が集められるようになって来ているとの事です。続いて第2表を見てください。2001年の被害者数が1370名となっています。第1表と少し数字が違いますが、これは統計の取り方によって生じた誤差だと思われます。1370名の内、少年の被害者の数が610名もいます。これに対して少女や成人女性の被害者数が非常に少ないのがお分かりと思いますが、それは女性が表に出て働いたり、遊んだりする事が制限されているからで、大きな特徴と言えます。第3表は被害の原因別の数字です。2001年を見ますと、地雷が609件、不発弾が544件となっています。地雷と同じくらいに不発弾を原因とした事故も多いのです。不発弾と地雷のどこが違うのかと申しますと、対人地雷では人間の手や足を一本吹き飛ばす程度のわずかな火薬が入っているのですが、不発弾は大砲の弾とか、迫撃砲の弾とかで完全に人を殺す目的のものです。爆弾ですから金属でできていて形も大きいですから探すのは楽です。ですが、信管を抜く作業は非常に大変です。クラスター爆弾による事故は1998年から2000年の間は3件とか0件でしたが、2001年から急に増えています。これはアメリカが2001年10月7日以降の空爆でクラスター爆弾をたくさん使用したためです。ワナ線という分類もしてありますが、これは地雷の一種ですから地雷の被害数に加えて良いと思います。これは先ほど申し上げたようにカブールの赤十字に届いた数字です。届かない数字を入れますと倍くらいになると思われます。アフガニスタンで地雷などの被害にあった人たちのうち医療機関に着く前に約半数は亡くなると言われています。死んだ人の情報は集まって来ないのです。


 さて、ここで地雷の問題から離れたお話をします。今、イラクに対してアメリカが攻撃をするかしないかという微妙な段階に来ています。7月末に私はアフガニスタンに行ったのですが、私が行ったのはカブールだけで、しかも会議の関係で高級ホテルに泊まって、そのホテルと会議会場を行ったり来たりしただけなのでアフガニスタンの事を語る資格はないのですが、カブールに平和が戻った事を見ますとアメリカの攻撃もやって良かったのかなという感じもしました。たまたま、朝日新聞の主催で「アフガニスタンの復興と現状の問題」というシンポジウムがありまして、緒方貞子さんとか、医師の中村哲さん等有名な方が出てこられたのですが、冒頭で緒方貞子さんが高等弁務官をやっておられた経験からすると、どうしても問題が解決しない場合には武力を使った方が良い場合もあると述べられました。中村哲さんは医師であり、現場の最前線で働いて来た方なのでどんなことがあっても爆弾とか武力を使うのは良くないと言っておられました。そこでお二人の間で議論になってしまいました。日本に立ち返って考えて見ますと、日本は広島と長崎に原爆を投下され非常に多くの被害者を出したので、一般市民を巻き添えにする核兵器には反対するのですが、アメリカは今でも原爆を投下しなければ戦闘でもっと多くの死傷者が出ただろうからあれで良かったと言います。武力行使が果たして良かったのか、悪かったのかということについてはそのシンポジウムでも結論が出せませんでした。私がカブールに行った当初は話に聞いていたのと違い余りに平和だったものですから爆撃も良かったのかなと思いました。2001年に爆撃が開始された時には反対の署名運動をやったのですが、カブールでは署名運動が間違いだったのかと考えさせられました。ですが帰国後良く考えて見ますと、やはり武力を使うのは良くないと思い直しました。そんな事で何か心の中がモヤモヤとしてはっきりしません。

 これよりビデオを見ていただきます。(以下省略)


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